現代版養生訓

2024年の現代版養生訓

1月

市立病院 麻酔科 栗原 知弘 医師

お子さまが手術を受けることになったら

麻酔は手術を行うために不可欠な医療技術ですが、もちろんこれは大人に対してだけでなく、子どもに対しても行われます。お子様が手術を受けられるとなると、保護者の皆様もお子様自身も不安
を抱かれることと思いますが、手術を安全かつ快適に行うために、保護者の皆様には特に手術前の準備にご協力いただくことが大切です。
「子どもは大人のミニチュアではない」という格言が医療現場にありますが、言葉通り、子どもの体はまだ成長途中であるため、麻酔薬や処置への反応も大人と異なります。全身麻酔では多くの場
合、口から喉の奥の気管にかけて、すなわち気道に管を入れ、人工呼吸を行います。こうした処置は手術中から術後にかけて少なからず気道に負担をかけてしまいますが、子どもは特にこうした刺激に過敏で、稀に喘息発作のような危険な症状を引き起こすこともあります。

気道が過敏になる他の要因には、喘息歴やアレルギー性疾患の既往、家庭内喫煙などがありますが、その最たるものが風邪です。風邪を引いてから2週間程度は気道が過敏であるため、緊急性が少
ない手術であれば延期をしたほうが望ましいこともあります。そのためもし手術を控えたお子様が風邪を引かれたら、なるべく早く病院にご相談いただくことが肝要です。
子どもは平均して年に6-8回ほど風邪を引くと言われており、手術のタイミングは難しいと思いますが、お子様が安全で快適な手術を受けられるよう、医療チームと相談・協力していきましょう。

 

2月

市立病院 緩和ケア内科 山田 武志 医師

代理決定者を決めましょう

最近はマスコミなどでも「事前指示書」や「終活」、「人生会議」など人生の終末期における自分自身の思いを残しておきましょうという話を見聞きする機会が少しずつ増えてきた気がしますが、皆さんはいかがでしょう。誰かとそのような話をしたことはありますか?もちろん最後の最後まで本人と話ができるのが一番良いのですが、いざ意識がなくなってしまった時は、私たち医療者は主にご家族と今後の相談をします。そんな時に「どうしますか?」と聞かれても、家族はとても困りますよね。家族の中で意見が分かれてしまうこともあるかと思います。何年も会っていなかった人が急にやって来て、とんでもない事を言い出すこともあるかもしれません。そこで、書いた紙を残すだけではなく、「自分の思いを推定してくれるだろう人」を指名しておいていただきたいのです。そして、その代理決定者と「私がこうして欲しいという理由」を共有しておいてください。家族としては一秒でも長く生きて欲しい気持ちが強く出るのは当たり前のことです。医療者側が聞きたいのは「私は最後まで全力でやって欲しいです。」と言う家族の言葉ではなく、「〇〇ならきっとこう言うと思います。」「〇〇はこうして欲しいと思います。」「〇〇はこれはして欲しくないと言っていました。」という本人の推定意思なのです。ご家族としても自分の意思ではなく、本人の想いを伝えるのであれば、それほど悩まなくても済むのではないでしょうか。もちろん自分のためでもありますが、残していく大切な家族のために、文書を書くだけでなく、ぜひ代理決定者を決めておいてください。

 

3月

市立病院 救急科 坂本 広登 医師

災害への備え~地域全員で災害について考えよう~

令和6年1月1日16時10分頃、能登半島をマグニチュード7.6の大地震が襲いました。発災当日は飯田市も震度3の揺れを感じ、年始の参拝や自宅で家族の皆様と過ごされる中で不安を感じられた方々も多かったのではないでしょうか。今回、飯田市立病院からもDMAT(災害派遣医療チーム)が1月2日より現地に入り活動をしていますが、今までの災害と異なり、悪天候と地震による道路の裂け目などで被災現場へなかなか辿り着けないという状況が発生し、水道配管が至るところで壊れ、生活面、医療的な面で長期的な支援が必要な災害となっています。
飯田市が被災地域となる地震として、伊那谷断層帯の地震、および、南海トラフ巨大地震があり、今回の地震よりさらに被害が甚大になる可能性があります。大災害を乗り越えるための今すぐにできる事前準備について2点共有させていただきます。
①自宅からの避難方法、避難場所の確認自宅で被災した場合に、皆さんはどの動線で安全に自宅から脱出し、どこに避難しますか?一度、避難場所までの道のりを家族で話しながら歩いてみる事をお勧めします。

②災害持ち出しバッグの準備最低限72時間、自身や家族の生活を維持できる準備(水、食料、簡易トイレ、常備薬、タオルや衣類、身分証明書など)を持ち出せる所に置いておきましょう。この地域が被災した場合に近隣県も相当な損害を受け、早期の援助が得られない可能性が高いです。
災害拠点病院である当院は、この地域を災害から守るために地域の皆さまと一丸となって準備を行っていく所存です。

 

4月

市立病院 消化器内科 清水 祐樹 医師

潰瘍性大腸炎について

近年急増の一途をたどっている潰瘍性大腸炎やクローン病を代表とする「炎症性腸疾患」という病気をご存知でしょうか。今回は潰瘍性大腸炎についてお話させていただきます。
英国にて世界で初めて報告されたのが1859年とかなり昔ですが、以降西欧諸国をはじめとしてアジアでも報告が相次ぎ、現在日本では推定患者数が20万人を超えており、日本は米国に次いで2番目に潰瘍性大腸炎が多い国です。飯田下伊那地域にも多くの患者様がおられ、日々診療に携わらせていただいております。

潰瘍性大腸炎は大腸に炎症を引き起こす病気であり、血便(赤い血が混じる便)や腹痛、下痢が主な症状です。若年者に多く発症しますが、最近では60歳以上の患者様も増えています。原因は未だ不明な点も多く、遺伝的な要因や環境要因、衛生状態や食生活の変化などが関与していると言われています。最終的には腸内の免疫系の異常をきたす事で大腸の幅広い範囲に炎症を起こします。治療には免疫を調節したり、抑制したりするお薬を投与する必要があり、専門医療機関での治療が必要です。潰瘍性大腸炎は、発症から長い経過で増悪(病気が悪くなる)や寛解(病気が落ち着く)を繰り返し、さまざまな世代のライフスタイルや生活の質に影響を及ぼすため、適切な内服や注射による病気のコントロールが非常に大切です。重症度は個人差もありますが、適切にコントロールができれば病気をお持ちでない方と変わらない生活を維持することが可能な時代となっています。
腹痛や下痢(ときに血便)といった症状はしばしば経験しうる症状ではありますが、潰瘍性大腸炎をはじめとする炎症性腸疾患が隠れていることもあるので、お困りの方はぜひ当院へご相談ください。

 

5月

市立病院 循環器内科 井上 航 医師

心不全について

「心不全」という疾患名を耳にすることが多いと思いますが、そもそも心不全とは何なのでしょうか。

心臓は、心臓内に血液を貯めて勢いよく全身に送り出す、全身の血液を循環させるポンプの機能を果たします。心不全はこのポンプ機能に何らかの障害が生じた状態を指し、十分な血液循環ができなくなることで様々な症状を呈します。全身臓器への血液供給が不良となり、尿量低下やだるさ・疲れやすさ、食欲低下などが出現します。また、心臓へ戻る血液がどんどん渋滞してしまうため、全身に過剰な水分がたまってしまい、むくみや体重増加を呈します。特に肺へ水分貯留してしまうと息切れや呼吸困難を生じます。

進行すると仰向けになると苦しくなってしまい、夜間に寝られないといった症状も出現します。心不全の原因として心筋梗塞や狭心症、弁膜症、不整脈などの心臓の病気が挙げられる一方で、高血
圧症・糖尿病・肥満などのいわゆる生活習慣病も主要な原因となります。生活習慣病のみの段階では自覚症状に現れにくく、気付いたころには病状が進行してしまっていることもしばしば見受けられます。心不全の難しい点は、一度心不全状態に陥ってしまうと完治することはない点にあります。決して元の様には戻らず、上手く心臓と付き合っていくこととなります。予防のために、努めて生活習慣を正すことが重要となります。特に日本人に特徴的な塩分が多い食生活は、心臓の負担を増加し、高血圧も引き起こし、動脈硬化を進行させます。塩分控えめの食事が心不全予防の第一歩です。気になる症状があれば、まずはお近くの医療機関にご相談ください。

 

6月

市立病院 脳神経内科 吉田 拓弘 医師

その症状、脳梗塞です

脳梗塞とは、脳の血管が詰まってその先に血が届かなくなり、脳の一部がダメになってしまう病気です。
皆さんはどのような症状が出た時に脳梗塞だと考えますか?「よくある症状」を押さえておくことで判断がしやすくなります。
まずは次の2つの症状を覚えて下さい。
①急にろれつが回らなくなる
②急に片方の手足が動かしづらくなる
この2つだけで結構です。もちろん他の症状が生じることもあります。しかしなぜ2つでよいのでしょうか。これらは分かりやすく、かつ頻度の高い症状だからです。逆に、「あらゆる症状は脳梗塞の可能性がある」…こんなアドバイスが役に立ちますか?医者の保身のためには良いかもしれませんが、飯田市民の皆さんのためにはなりません。
さて、①も②も「急に」と書きましたが、急に起こるということが非常に重要です。脳の血管は急に詰まるから、急に症状が出るわけです。だんだんと長い月日をかけて、ゆっくり進んでくる症状は脳梗塞ではありません。2つの症状のどちらかが生じたらすぐに救急車を呼んでください。
脳梗塞が生じて間もなければ、詰まった血のかたまりを溶かす注射薬(rt-PA静注療法)や、カテーテルという管を用いて血のかたまりを血管から回収する治療(機械的血栓回収療法)が可能な場合があります。安全に行うための様々な条件があることから、いち早く病院へ駆け付けた患者さん全員にこれらの治療ができるわけではありませんが、人によっては劇的に症状が改善する場合があります。基本的に時間が勝負です。一刻も早く病院へ来てください。

 

7月

市立病院 内分泌内科 中嶋 恒二 医師

リンゴと糖尿病治療薬の話

リンゴの実が赤くなると、医者が青くなるということわざがあるほど昔からリンゴは栄養価の高い食品と考えられていたようです。飯田市内にはリンゴの木が並び、その名の付いた通りまであって、リンゴはこの地方ではとても愛されているんだなぁと感じていました。一方で、その高栄養価ゆえに糖質も多く、糖尿病のある患者さんにとっては摂取量を少し考えてしまう果物かもしれません。
ところで、約10年ほど前に発売となったリンSGLT2阻害薬という糖尿病治療薬があります。この薬は、神様が作った倹約の仕組み「一度血液から尿へろ過されたブドウ糖(と塩分)を血液に戻す働き」を邪魔して、ブドウ糖(とナトリウム)を尿に排出するお薬です。これにより、血液中のブドウ糖(と塩)が減って、血糖値や血圧、中性脂肪も下がって脂肪肝が軽減、いくつかの薬では腎臓や心臓に対しても強い保護効果があることが示されて適応拡大も進みました。
この薬が開発されるきっかけになったのは、フロリジンという物質なのですが、この物質はリンゴの樹皮から抽出された物質なのだそうです。リンゴにゆかりのある薬が多方面で注目を浴びながら使われているということになります。もちろんどんな糖尿病のある患者さんでも内服できるわけではないですし、過度な体重減少や脱水、頻尿、筋肉量の減少や尿路系の感染など、十分な注意が必要なお薬です。リンゴにゆかりのある薬の副作用によって医者が青くなるのでは困ります。
思い切りリンゴを食べるのはちゅうちょする患者さんでも、実はリンゴの恩恵を薬の形で受けているかもしれないですね。

 

8月

市立病院 腎臓内科 藤田 識志 医師

腎臓の働きを知っていますか?

腎臓の働きといわれて、ぱっと市民のみなさんの頭に思い浮かぶことは何でしょうか。おしっこ(尿)を作ること、まさにその通りです。ですが、他には何かありますかと聞かれたらどうでしょう。案外頭を悩ませてしまうのではないでしょうか。腎臓は肝臓と並んでかなり機能が落ちないと症状が出てこないことから沈黙の臓器と言われており、その働きも日常生活を送る中では実感しにくく、体の中でどういう働きをしているのかわかりにくいと思います。

尿を作る以外に、主なところでは、赤血球を作るためのホルモン(エリスロポエチン)を調節して、貧血にならないようにしていたり、骨を作る(維持する)のに必要なビタミンDの活性化(これがないとビタミンDを食品から摂取しても働きません)をしていたりしています。皆さんがすでにご存じの尿を作るということに関しても、もう少し詳しく書きますと、体液量を適正な量に調整しつつ、電解質(塩分、カリウム、カルシウムなど)の出し入れをしつつ、酸とアルカリのバランスが崩れないように見張りつつ、老廃物として体外に出すものを尿として作っているということになります。と、説明が長々と続いてしまいましたが、腎臓って結構頑張って働いているんだなということがわかっていただければ十分です。
近年ようやく慢性腎臓病なるものが世間に周知され始めました。敵を知れば百戦危うからず。まずは腎臓の働きを知ることから始めていただき、耳にはするけどよくわからない腎臓病、どこか他人事に思える腎臓病との距離を縮めてください。

 

9月

市立病院 消化器外科 水上 佳樹 医師

免疫チェックポイント阻害剤について

皆さんは“免疫”という言葉を聞いてどのような印象をお持ちになるでしょうか?病気から自分を守ってくれる何らかのシステムかな?という理解の方が多いのではないかと思います。
細菌やウイルスなどの人体にとって有害となりうるものが、私たちの体の中に入ってきたときにそれらを排除してくれる仕組みと考えてよいかと思います。このときに免疫として我々の体を守ってくれる働きをしている主な細胞にリンパ球という細胞があります。リンパ球は大別するとB細胞とT細胞の2つに分類されます。
私たちの体の中にできてしまったがん細胞に対しては、主にT細胞が働く細胞免疫という機構でこれらを排除してくれるのですが、がん細胞の量が著しく増加してしまうと簡単には排除できなくなってしまうのです。
その原因のひとつとして「T細胞のもつPD-1という蛋白質とがん細胞のもつPD-L1という蛋白質が結合すると、T細胞ががん細胞を攻撃できなくなってしまう」ということが近年の研究でわかるようになりました。これを応用して作られた薬剤の抗PD-1抗体薬は現在、実際の臨床現場でさまざまな種類のがんに対して良好な治療成績をもたらすようになりました。これらの薬剤はT細胞のPD-1とがん細胞のPD-L1の間が結びつかないようにして、本来のT細胞の働き(がん細胞を死滅させる)が活性化する効果を持っているわけです。
自分自身ががんと診断された場合、がんの種類や病気の進み具合によって治療法は十人十色、多岐にわたります。主治医と治療法を相談する際に従来の手術的療法、抗がん剤などの化学療法、放射線治療に加え、上記の免疫学的治療法についても考慮の選択肢が広がった時代であることを頭の隅にとめおいていただければ幸いです。

 

10月

市立病院 呼吸器外科 冨永 義明 医師

肺癌の話

国立がんセンターの資料によると、2022年に死亡した人が一番多いがんは残念ながら肺癌でした。(男性は1位、女性では大腸癌に次いで2位、合計で7万人以上の方が肺癌で亡くなりました)

肺癌の手術治療を受けられた方々の多くが元気に過ごされていますが、なぜこれほど肺癌で亡くなる人が多いのでしょうか。
咳や血痰、胸痛などの自覚症状が現れて発見される肺癌は病状が進んでいることが多く、有効な治療方法である手術の適応とならない場合がほとんどです。また手術適応となる早期の段階で発見できたとしても、心血管疾患や糖尿病、慢性閉塞性肺疾患などを合併していて、全身麻酔で行う手術に耐えられないと診断されることもあります。そのため実際に手術治療を受けられる方は、肺癌患者全体の3割程度といわれています。
手術以外の治療方法には抗癌剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などの薬物療法や放射線治療があります。治療の進歩には目覚ましいものがありますが、手術を上回る治療成績を得る事はなかなか難しい状況です。
多くのがんは高齢になるほど罹患する人が増えます。肺癌に関しては胸腔鏡下手術やロボット支援下手術(市立病院でも導入を検討中です)で低侵襲手術が可能となり、今では八十代後半の方でも手術治療を受けていただけるケースが増えています。特に飯田下伊那地域には高齢でもお元気な方が多く、九十代の方に胸部手術を受けていただいたこともあります。
肺癌で命を失わないためには禁煙を心がけていただき、検診を受けて無症状のうちに病気を発見することが大切です。そして肺癌になってしまっても適切な治療を受けられるように、心疾患や糖尿病などの病気をお持ちの方は、それらの治療をしっかり行っておくことが大切です。

 

11月

市立病院 脳神経外科 猪俣 裕樹 医師

脳卒中の早期発見、早期受診、予防

「昨日までは何事もなかったのに、片側の手と足が動かなくなってしまった。」
脳卒中は突然生じてしまい重い後遺症が残ってしまうことも多いです。
「これまで大病をしたことがなくて病院へ通ったことがない。」
そんな方でも知らないうちに高血圧症、脂質異常症、糖尿病、心房細動などの疾患が隠れており、脳卒中を生じてしまうこともあります。
脳卒中とは、脳の血管が詰まり脳組織が壊死する「脳梗塞」、脳の血管が破綻し脳内に出血する「脳出血」、多くは脳動脈瘤の破裂により起こる「くも膜下出血」のことを主に言います。脳梗塞や脳出血では、左右どちらか一方の手足が動かなくなる、言葉がでない、ろれつが回らないなどの体の異変が突然生じることが多いです。
特に脳梗塞については、カテーテルという細い管を使用して脳の血管の詰まった部分を再開通させる「血栓回収療法」が近年発展してきており、できる限り早く治療を行うことでこれらの症状の改善を目指せます。ただ、脳梗塞の状態によって全ての方にこの血栓回収療法が行えるとは限らないため、基本的には点滴や内服治療、リハビリテーションを行って治療をしていきます。再発を予防し、症状が改善するように治療を行います。
脳卒中はしっかりと治療を行っても重い後遺症が残り、寝たきりとなってしまう人も多いです。
万が一皆さんの周りに突然手足が動かない、言葉がでなくなったなど様子がおかしい人がいる場合は、脳卒中の可能性がありますのですぐに救急車を呼んでもらうことで、その人を救える可能性があります。
また脳卒中の発症を予防するために、まずは地域のかかりつけの病院へ定期的な通院をする、健康診断を受けるなどの習慣をつけることも大切です。

 

12月

市立病院 乳腺内分泌外科 伊藤 勅子 医師

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の話

遺伝子とはヒトの体の『設計図』のようなもので、体をつくるための情報や体の機能を維持するための情報が含まれています。遺伝子を構成している物質をDNAと言います。
『がん』はその遺伝子の一部が『変異』することによって生じます。変異は①偶然起きる間違い②老化③タバコや紫外線などの環境因子によって起こることが知られています。
現在、日本人女性の9人に1人が乳がんに罹患すると言われています。その中で特に、乳がんの発症に強く関わる遺伝子が原因で発症した場合を『遺伝性乳がん』と言います。原因遺伝子はいくつか明らかになっていますが、その中でも最も代表的なものがBRCA1とBRCA2と呼ばれる遺伝子です。この2つの遺伝子のいずれかに『生まれつきの変異』があるために、高率に乳がんや卵巣がんを発症する病気を『遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)』と言います。乳がん全体の7~10%がHBOCに該当します。

BRCA1/2遺伝子の病的な変異は50%の確率でこどもに受け継がれます。男性にも女性にも受け継がれます。最近では、この遺伝子の変異は、膵臓がんや前立腺がんにも関係していると言われます。しかし、変異を受け継いだからと言って必ず病気になるわけではありません。変異があることがわかれば、定期的な検診や予防的手術など、発症する前にさまざまな対策を取ることができるようになってきました。
BRCA1/2遺伝学的検査は採血で行います。保険の適用を受けられる人とそうでない人がいます。未発症の人は、保険適用で検査はできませんので、遺伝カウンセリングを通して対応を検討します。詳細は外来担当医にお尋ねください。