人生の最終段階における医療・ケアの指針

令和元年9月 10 日
令和6年9月 10 日
飯田市立病院

基本方針

飯田市立病院は、人生の最終段階を迎えた患者とその家族等と医師をはじめとする医療・ケアチームが、最善の医療・ケアを作り上げていくため、患者とその家族等に対し適切な情報提供と説明を行ったうえで患者とその家族等と話し合いを行い、患者本人の意思決定を基本とした医療・ケアを行う。本指針は、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を規範とする。

人生の最終段階の考え方

人生の最終段階の定義

① 患者が適切な治療を受けても回復の見込みがなく、かつ、死期が間近と判定された状態の期間。
*期間とは、老衰を含め回復が期待されないと予測する生存期間。「2週間以内・1ヶ月以内・数か月・不明」等を示す。

②人生の最終段階の判断

  • 不可逆的な全脳機能不全状態。
  • 生命が新たに開始された人工的な装置に依存し、生命維持に必要な臓器の機能不全が不可逆的であり、移植などの代替手段もない場合。
  • 主治医と主治医以外の医師が「その時点で行われている治療に加えて、更に行うべき治療法がなく、現在の治療を維持しても、病気の回復が期待できない」との判断で一致すること。
  • 悪性疾患や回復不能な疾患の末期であることが、積極的な治療の開始後に判明した場合の人生の最終段階の判断は、主治医と主治医以外の複数の医師により客観的に判断すること。
  • 患者が意識や判断力を失った場合を除き、患者、家族等、医師・看護師等の医療・ケア関係者が納得できる状態であること。
  • 患者、家族等、医師・看護師等の医療・ケア関係者が患者の死を予測して対応を考える状態であること。

*判断困難な場合は、主治医・担当医や担当看護師以外の医療・ケア従事者を加えたカンファレンスで検討すること。

代理決定者の定義・優先順位

  • 代理決定者は、患者が同意能力を欠く時に、患者の意思を推測し患者の希望を代弁できる者であり、患者に対する医療行為につき同意権を代行することができる。
  • 患者に意思能力がある場合は、代理決定者を選任することができ、患者に選任された代理決定者の同意権(以下「同意」という。)は優先的に尊重される。

延命措置への対応

人生の最終段階と判断した後の対応
  • 主治医は患者や家族・代理決定者に対して患者の状態が人生の最終段階であり、病状が予後不良であり治療を受けても救命の見込みが全くない状態であることを説明し、理解を得る。
  • 有効な事前指示(飯田医師会発行の「事前指示書」や「医療・ケアについての要望書」など)の有無を確認する。
  • 患者に同意能力を欠く場合には、代理決定者の有無を確認する。
  • 家族や代理決定者の意思を確認する。
本人または家族や代理決定者が、積極的な対応を希望した場合
  • 本人の意思を確認し、それを尊重する。
  • 本人が意思表明できない状態になった場合には、改めて家族・代理決定者に「患者の状態が極めて重篤で、現時点での医療水準にて行い得る最良の治療をもってしても救命が不可能である」旨を正確で平易な言葉で説明し、その後に家族・代理決定者の意思を再確認する。
  • 引き続き積極的な対応を希望した場合は、それを考慮する。
  • 死期を早めると判断される対応は行うべきでなく、現在の措置を維持する。
本人または家族や代理決定者が、延命措置を希望しない場合
  • 本人の意思が存在し、家族や代理決定者が同意している場合はそれに従う。
  • 本人の意思が不明の場合は、家族や代理決定者が本人の意思や希望を忖度し、家族らの容認する範囲内で延命措置を実施しない。

人生の最終段階における判断や延命措置への対応に当たり考慮すべきこと

  • 患者や家族・代理決定者の意思が揺らぐなど、人生の最終段階の判断困難な場合は、担当の医師や看護師以外の医療・ケア関係者を加えたカンファレンスに委ねる。
  • 人生の最終段階の過程においては、患者本人はもちろん、家族・代理決定者についても精神的、社会的な支援を行う。
  • 人生の最終段階の医療・ケアは、多職種からなる医療・ケアチームと本人、家族・代理決定者の合意に基づき実施し、その過程はその都度、文書にまとめておく。
  • 意思決定や、医療措置(蘇生処置を含む)に関することは、診療記録に記載し適切に対応する。

医療・ケアチームの方針決定

人生の最終段階における医療・ケアの方針決定は以下によるものとする。

患者の意思が確認できる場合
  • 患者の状態に応じた専門的な医学的検討を経て、医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明を行う。その上で、本人と多職種から構成される医療・ケアチームとの合意形成に向けた充分な話し合いを踏まえた本人による意思決定を基本とし、医療・ケアチームとしての方針を決定する。
  • 時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、本人の意思が変化し得るものであることを考慮し、患者との充分な話し合いを行い、意思決定の支援をする。
  • この過程の話し合い、意思決定については、その都度、文書にまとめておく。
  • 患者の同意があれば、家族・代理決定者に決定事項を伝え、家族・代理決定者への支援も行う。
患者の意思が確認できない場合

患者の意思確認ができない場合には、以下の手順で医療・ケアチームの中で慎重な判断を行う。

  • 家族・代理決定者が患者の意思を確認していた場合や推定できる場合には、その意思を尊重し、患者にとって最善の方針をとる。
  • 家族・代理決定者が患者の意思を確認していない場合や推定できない場合には、家族・代理決定者と充分に話し合い、患者にとって最善の方針をとる。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、検討の過程を繰り返し行う。
  • この過程の話し合い、意思決定については、その都度、文書にまとめておく。
  • 治療方針に際し、家族・代理決定者、医療・ケアチームが判断困難な場合は、担当の医師や看護師以外の医療・ケア関係者を加えたカンファレンスで、治療方針等について検討または助言を得る。
考慮すべきこと
  • 家族とは、本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の患者を支える存在であるという趣旨であり、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の親しい友人も含み、複数人存在することも考えられる。
  • 家族・代理決定者からは、患者のこれまでの人生観や価値観、どのような医療・ケアを望んでいたのか等の情報から、患者の意思を推測する。推測が困難な場合は、患者の最善の利益が何であるかについて、家族・代理決定者と医療・ケアチームが充分な話し合いを行う。
  • 家族・代理決定者がいない場合および家族・代理決定者が意思決定できず、医療・ケアチームに委ねる場合は、医療・ケアチームが医療・ケアの妥当性・適切性を判断して、患者にとって最善の医療・ケアを選択する。決定事項は、家族・代理決定者に内容を説明し、理解と合意を得る。
  • この過程における家族・代理決定者との話し合い、意思決定事項は、全て文書にまとめておく。
  • 患者の意思に基づき指名された代理決定者が存在し、あらかじめ患者の希望事項が明確に意思表明されている場合には、不明な事項にのみ代理決定者が決定できるものとする。
  • 生前の臓器移植提供や献体提供に関する本人の意思は尊重されるべきものであり、「脳死下臓器・組織提供の手順書(飯田市立病院 臓器・組織移植委員会)」に則った対応を行う。

医療・ケアチームの体制

人生の最終段階における過程では、個々の死生観により死の受け入れ方が異なることを踏まえ、患者自身または看取る家族・代理決定者の思いも錯綜し変化していくものであることを前提に、支援体制を整える。

主治医により以下の説明を行い、それに基づいて患者や家族・代理決定者が医療・ケアチームと話し合いを行い、患者の意思を汲んだ決定がなされる体制とする。
  • 予測される事態の説明。
  • 患者の意思を尊重した選択肢の提供。(治療、処置、食事、場所など)
  • 患者の意思を確認できる者の確認。(家族または代理決定者)
  • 医療処置(蘇生処置を含む)の選択、決定。
  • 多職種による医療・ケアチームで関わること。
  • 意思決定事項や検討過程を記録し、患者や家族・代理決定者に開示できるようにすること。
心肺停止時に心肺蘇生法を実施しないこと(DNAR)の説明を行い、合意の得られた場合を対象とする。
看取りの場として、自宅、居宅など病院以外の場所を希望するかを確認し、希望する場合は適切に対処する。
患者や家族・代理決定者と医療・ケアチームとの合意を確認しながら進め、医師による医学的見解、看護師によるケアとリスクについて具体的な説明を行う。その過程は記録する。
医師の説明
  • 治療により病状の回復が見込めず、近い将来、死を迎える状態であること。
  • 侵襲的処置は、本人の苦痛を高め、利益が極めて低いこと。
  • 心肺停止時の心肺蘇生・気管内挿管は控えるが、苦痛や症状の緩和には最大限努めること。
  • 浮腫を助長しないくらいの少量の輸液は、症状を緩和する可能性があること。
  • 医療・ケアチームで支援すること。
  • 対応する職員は、患者の尊厳を尊重し関わること。
  • 精神的な安定のために、家族・代理決定者に協力を求めること。
  • 患者、家族、代理決定者が延命処置あるいは積極的治療を希望する場合は、それを考慮すること。
  • 患者、家族、代理決定者が自宅や居宅での看取りを希望する場合は、その可能性について説明し、訪問看護ステーションの利用など可能な限りの希望に添うよう調整する。
    ※上記説明を受けた患者、家族、代理決定者には、必要に応じて「医療・ケアについての要望書」に基づいた話し合いを開始し、開始したこと等を記録する。

体制と役割

病院長
  • 人生の最終段階における医療・ケア対応の総責任者
主治医
  • 診療および本人、家族、代理決定者への説明責任者
  • 医療・ケアチームのカンファレンス参加
  • 死亡確認、死亡診断書の関係書類の記載
看護部長
  • 人生の最終段階における看護サービスの総責任者
  • 死生観、終末期医療、看護に関する職員教育の監督
看護師長
  • 人生の最終段階における看護・ケアに対する部署での責任者
  • 死生観・終末期医療における看護実践現場での指導、教育
  • 家族等の相談窓口と対応に関する調整、監督、指導
看護職員
  • 人生の最終段階における看護・ケアの実施者
  • 終末期において、全人的視点からアセスメントし緩和ケアを展開する。
  • 終末期医療・看護において多職種協働を推進する。
  • 患者の状態変化を注意深く観察し、医師に報告すると共に、苦痛の軽減を図る。
  • 家族等への説明と不安への対応とがん相談支援センターの活用。
医療・ケアチームメンバー
  • 人生の最終段階における医療・ケアの実施者
  • 多職種がそれぞれの役割を果たす。

職員教育

病院は、定期的に以下の教育を職員に行う。

  • 当院の「人生の最終段階における医療・ケアの指針」の内容の理解
  • 死生観、倫理教育
  • 夜間・急変時の対応

診療記録記載事項

医学的な観点から
  • 医学的な終末期であることを記載する。
  • 上記を家族・代理決定者に説明し、説明を受けた者の理解、納得の状況を観察し記載する。
意思確認の観点から
  • 患者本人の意思を確認する。本人の意思、または飯田医師会発行の「事前指示書」や「医療・ケアについての要望書」等の有無を記載する。
  • 持参の飯田医師会発行の「事前指示書」や「医療・ケアについての要望書」等は原本をコピーして保存する。(常に最新の意思を確認する。)
  • 新たに飯田医師会発行の「事前指示書」や「医療・ケアについての要望書」を活用することもできる。
  • 患者が意思を表明できない場合、家族または代理決定者による本人の推定意思を記載する。
  • 家族または代理決定者の意思を記載する。
延命措置の中止の観点から
  • 選択肢の可能性とそれらの意義について検討していることを記載する。
  • 患者にとって、最善の治療方針について検討事項を記載する。(法律・社会規範含む)
  • 医療・ケアメンバーを記載する。
状況の変化への対応
  • 状況の変化や対応の変更を記載する。
治療プロセス
  •  経過と結果を記載する。
上記を踏まえたカンファレンス用紙を作成する。
飯田医師会発行の「事前指示書」や「医療・ケアについての要望書」等をism-Link に登録する。
記録は、ism-Link を活用して地域医療従事者等と共有する。

心肺停止時の心肺蘇生法を実施しないことについて

DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)指示

がんの末期、老衰、救命の可能性がない場合、患者や家族・代理決定者の意思決定を受け心肺停止時に心肺蘇生法を行わないことを言う。
DNR とは尊厳死の概念に相通じるもので、癌末期、老衰、救命の可能性がない患者などで、本人または家族・代理決定者の希望で心肺停止時に心肺蘇生法(CPR)を行わないことと定義されているが、患者の医療拒否権について明確な社会合意が形成されたとは言い難く、現在は蘇生に成功することがそう多くない中で蘇生のための処置を試みない用語としての DNAR が使用されている。

DNAR 指示を出すために必要な条件
  • DNAR の指示を出すことができる医学的基準(以下の2点)を患者が満たしていると、主治医と主治医以外の医師の判断が一致していること。(当直など医師1名体制の場合を除く)

ア 最善の治療にも関わらず、病状の進行または老衰によって死が差し迫った状態であること。
イ 心肺停止した場合、仮に心肺蘇生をしても短期間で死を迎えると推測される状態であること。

  • 患者または家族・代理決定者により、心肺蘇生法は不要と意向が出されていること。
他院より終末期医療と判断され DNAR の合意が得られている場合または再入院で前回入院時に DNAR の合意が得られている場合は、主治医により意思の再確認を行い、それに従う。